トントラバス<tontora-bass>
最近、南米大陸を旅してきた友人から、面白い話を聞いた。アマゾン最大の淡水魚「トントラバス」である。写真を見せてもらったが、こういうものを見た時に現地では「オーパ!」と言うらしい。バス=鱸(すずき)類で、2メートルくらいある。トントラバスを抱え上げている二人の漁師は、背の高いストゥールに乗っているが、それでも尻尾は地面に横たわっているという代物だ。もっと大きいものも珍しくないという。顔は、扁平に潰れていて、小さな眼で、とても器量よしとはいえない。見ようによっては、お人好しの豚。ピンク色の体には、鮮やかな黄色の縞模様があり、ピンクパンサー(豹)ならぬピンクタイガー(虎)である。こんな容姿から、日系人が「豚虎バス」と呼びはじめたという。現在では、この“tontora-bass”といユーモラスな名前のほうが一般的で、他の名前も教わったが、私は忘れてしまった。また、姿からは想像しにくいが、貴重な蛋白源で、長い時間かけて焚き火で丸焼きにしたものを食べたが、かなり美味しかったらしい。こういう、絶対に自分が食べることができないものの話を聞かされるのは、非常に悔しい。
まあそれは置いておいて。このトントラバスは、夜になると、広いアマゾン河の岸から少し離れた辺りにやって来て、妙なる声で歌うのだそうだ。最初は、一匹がボーッと低い長い声で鳴く。コーラの瓶に息を吹き込むと鳴る、あんな音を複雑にしたような感じらしい。とにかく大変悲しそうな声で、その声に引かれて、別のトントラも集まって来る。そして、いっしょになって鳴き始める。大体同じくらいの低音域だが、固体によってピッチや音色も微妙に違うので、面白い音らしい。それらが徐々にうまく響き合ってくると、非常に高い倍音が発生し、フルートの緩やかなアルペッジョみたいな音が聞こえる。こういった音を音響学では差音というが、これが、河の上空に浮かんで聞こえるというのだ。その微妙に変化し続ける響きは、河岸にこだまし、それを聴きながらグラスを傾ける。友人は、そんなうらやましい話をした。そして「星空の下でそれを聴いていたら、ふと、おまえの演奏会で聴いたコントラバス四重奏を思い出して、あれにそっくりだと思った」と言った。そんな素敵な音と比べられたらコントラバスも名誉なことだ。
by Keizo-MIZOIRI
| 2007-10-10 16:24
| 物語
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