溝入敬三コントラバス劇場

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三木鶏郎大特集

 金曜日夜7時半はFM『ミゾテイ』でお楽しみ下さい。1月8日は『三木鶏郎大特集』です。1914年東京麹町生まれ94年に亡くなった作詞家、作曲家、放送作家、演出家ですが、どこの誰かは知らないけれど、作品を聞けば誰もがみーんな知っている、月光仮面のような三木鶏郎さん。例えば、鞆に生まれた森下博創業の森下仁丹CMソング『仁丹の歌』ジンジンジンタン、ジンタカタッタタである。こんなのもある、『ルルの歌』『ワ、ワ、ワ、輪が三つ』・・・CM音楽の創始者なのです。しかしそれだけではないのだ、あのアニメーションのテーマソングの、あれもこれも。そしてエノケン『これが自由というものか』なんて、笑い顔をしてしっかり政府を批判していたりもする。もちろん歌詞、音楽の質は一級品、私のアイドルです。これは是非お聞き頂きたい。
 毎週金曜日19時30分からのレディオBINGO『溝入敬三の音楽定食』は、FM 77.7MHz 、インターネットではレディオBINGOのホームページからサイマルラジオをクリックして頂ければ、世界中どこでも聞くことができます。
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by Keizo-MIZOIRI | 2016-01-06 16:51 | NEWZ

一月一日FM『溝入敬三の音楽定食』

 今週のFM『溝入敬三の音楽定食』は、一月一日ですのでテーマはそのまんま『謹賀新年』。しかしノーテンキに目出度がってる場合じゃないよ。今年こそは、立憲主義、民主主義の国に戻さなきゃならないもの。
 というわけで2016年最初の曲は、マーラー作曲『大地の歌』より第5楽章『春に酔える者』です。詩は、李白『春日酔起言志』を基にしたもの。「人生がただ一場の夢ならば、努力や苦労は私にとって何の価値があろうか? それゆえ私は酒を飲む。酔いつぶれて飲めなくなるまで、終日酒に溺れようぞ。」マーラー自身は、家族で大変辛いことがあった直後なので、こんな気分にもなったのでしょうか? こんな気分にもなるよね、しかしどんな時にも、ネガティブになると良い方には転ばないもんだ。フリッツ・ライナー指揮、シカゴ交響楽団、テノールはリチャード・ルイス。
 次もマーラーで、『若き日の歌』より『春の朝』。私が昔共演させて頂いたことのあるローランド・ヘルマンさんのとても素敵なバリトンで爽やかに。こんな調子で30分間やります。実は、この後はクラシックではなくて、沖縄、ボサノヴァ方面の暖かい方へ向かいますけれどね。どうぞお楽しみに。 
 毎週金曜日19時30分からのレディオBINGO『溝入敬三の音楽定食』は、FM 77.7MHz 、インターネットではレディオBINGOのホームページからサイマルラジオをクリックして頂ければ、世界中どこでも聞くことができます。
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by Keizo-MIZOIRI | 2015-12-30 16:51 | NEWZ

THE SUMMER OF HIROSIMA

 福山のリーデンローズでは、毎月、「催し物のご案内」という6ページのパンフレットを発行しています。これは基本的には、リーデンローズメイトというファンクラブに郵送するためのものですが、美術館、公民館、ホテル、ライヴハウスなどにも配布され、一般の人も見ることができます。
 それに通常、1500〜2000字くらいのコラム『館長コラム・耳をすましてごらんよ』を毎月掲載しています。先月Vol.61は『布袋さんに YES!そして戦争にNO!』と題して、11月の布袋寅泰ツアーの紹介と集団的自衛権の閣議決定が憲法違反であることなど書こうとしたのですが、事務所から、評価が一般的に決まっていないことは、公文書では控えるよう指導があり、それじゃあ代わりにと、憲法の序文冒頭と第9条と2項を掲載しました。これなら国会議員も、地方公務員も文句は言えませんものね。
 私の身分は、公務員ではないのですが、自由に発言できませんね。まあ当たり前です。クビにでもなったら元も子もありません。
 さて今は、コラムVol.62『ヒロシマの夏』を書いています。書くと言うよりも、『いしぶみ 広島二中一年生全滅の記録』広島テレビ放送編(ポプラ社)からの抜粋なのですが。
 8月6日朝、労働奉仕に太田川の本川土手に集合していた12、3才の中学生321人と引率していた4人の先生が、原爆をまともに受け、あるものは瞬間に死に、他のものも6日間で次々に全滅したことを、死ぬ間際の子どもの発言、親などの証言で綴ったものです。未読の方、是非お読み下さい。読むのには体力がいります。
 私は、2005年、これに音楽を付け、朗読劇にして福山リーデンローズで初演というチャンスに恵まれました。3度ほど再演もありましたが、またパワーアップしてやらなきゃなと思っている、この熱い日の横浜であります。
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by Keizo-MIZOIRI | 2014-08-03 16:20 | NEWZ

金目ってここにも?

どうも変だと思っていたらガザ地区の沖に大量のガス油田が埋まっているのだそうです。戦争って色んな意味で儲かるようですから、お国のためとかいうのにだまされちゃあいけませんね。

http://tanakayu.blogspot.jp/2014/07/blog-post_47.html
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by Keizo-MIZOIRI | 2014-08-01 22:13 | NEWZ

とうとう独裁政権に

非常時には、首相が全権を握り、基本的人権は無視される。映画のシナリオではなく現実なのです。
http://mainichi.jp/shimen/news/20140731dde012010002000c.html
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by Keizo-MIZOIRI | 2014-07-31 18:50 | NEWZ

バタンコを買いました

 ネットで見ていて、どうしても欲しくなってバタンコを買いました。インドネシアのタクシーなんだけど、私も乗ったことがあるけれど、もっと思い入れがあるのは、タイのトゥクトゥク。後者は、デコレーションがド派手で、バンコクのめちゃくちゃに込んだ道路を、スイスイ走り回っていました。楽しかったなあ。私の子供時代の懐かしきバタンコの思い出も重なる。
 しかし問題は、幌は付けられるにしても一年中オープンカーだから、日本の気候にどれだけ耐えられるかということ。ま、夏は良いよ。走っている限りは。備後方面でしか乗らないつもりだから、東京みたいな渋滞は先ずあり得ない。冬はキツいだろうな。戦闘機乗りみたいに完全防備となるだろうなあ。実は、まだ届いていなくて、納車が、7月半ば。う〜待ちきれない。
 もう一つ問題があった。私は、バイクに乗ったことがないので、バイク式クラッチ操作ができないこと。いやはや。
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by Keizo-MIZOIRI | 2014-06-26 19:06 | NEWZ

東トルキスタンでもこんなことだ

僕は政治運動家では全くないですが、やはりこのことは知らなくてはならないし、知ったことは知らせなくてはならないと思い、kinaさんの大変な努力による記録をそのまま転載させてもらいました。チベットのダライラマ14世に匹敵する、東トルキスタンを代表する方の講演記録です。長いですが絶対最後まで読んで下さい。

 敬三


「反テロ」戦争と新疆ウイグル自治区の人権
 私たちは、「テロリスト」じゃない
    講演:ラビア カーディルさん


さてさて本日行ってまいりました、こちらの講演会。
ラビア カーディルさんは、中国に弾圧、虐殺、侵略されている東トルキスタンという「国」の人権活動家 兼 ウイグル族のリーダー的存在です。
オレは普段から「伝える」という行動をとっていますが、彼女の「講演会」というのはその世界バージョンだと思っていただきたい。
彼女は日本語が話せない為に、通訳の方が1節1節くぎって訳してしたので、それをそっくりそのまま記載させていただく。
彼女の話は約1時間でしたが、右手のペンを休める事無く全てを書き取った。
通訳者は○○さん、ですがNET上では記載できない為に省かせていただく。

●皆さんのお忙しい時間に集まっていただきありがとうございます。
●今、ウイグル民族が暗黒の時代だという事は多少は世の中に伝わっているでしょう。
●1949年、中国とソ連に侵略されて以来50年も侵略の元で暮らしています。
●チベットともつながりは有りますし、運命も同じです。
●私達の隣の親戚である西トルキスタン(キルギス等を含む国)は、ソ連に侵略されましたが、ソ連崩壊後に独立はできました。
●私達の使ってる言語はアルタイ語です。
●言語、文字、文化を持っていて本来は自分達の国が存在しています。
●中国との文化とは何のつながりもありません。
●中国が侵略しに来た時は人口の2%が軍隊と軍の家族でした。
●その後に自治区をたちあげました。
●当時の中国の約束は、ウイグル族を幸せにします。文化、宗教も自分達で管理して下さいとの約束でした。
●しかし、何一つ権利の無い悲惨な暮らしです。
●1954年には、まずウイグルの金持ちや知識人を対象に西洋主義だと逮捕し始末しました。
●1957年には、宗教知識人を民族主義だと逮捕し始末しました。
●1966年〜68年は職をもってる人を取り締まりました。
●私は自分の家庭の経験を例にあげます。
●アルタイの町で幸せに暮らすビジネス商人でした。
●当時、子供時代は平和で安定していました。
●その後、だんだん平和が消えていきました。
●当時は中国政府の政策でウイグル族を追いやり人口調整をしてました。
●毎日、トラックが来ては近所の人を乗せてどこかに移動してました。
●そしてある日、私の家の前にもトラックが止まりました。
●そして、何の為かどこに行くのかも聞かされずに家族5人はタクラマカン(砂漠の町)に連れて行かされました。
●当時13歳の時から、中国共産党のおかげで教育も故郷も近所の仲間達も失いました。
●これが初めの約束の回答です。
●これは私一人ではなくウイグル族全員が受けた事です。
●ウイグル内で北の人は南へ、南の人は北へ移動ばかりし逮捕ばかりされました。
●これに関しての歴史は長く話す時間は無いのでやめます。
●それから私は生きる為に商売を始めました。
●経済、教育、文化、宗教価値感も侵略のせいで崩壊しました。
●それらの事に不満を感じたり、口にすると民族主義者として処刑されました。
●自宅でシャワーを作る事も許されず綺麗な暮らしは禁止されました。
●世界で他の民族は、いろんな意味で前に進みましたが、ウイグル族は後に進みました。
●1978年以降に少しだけ政策が変わり開放され、とにかく金を稼いで子供を育てるのに必死でした。
●それ以来、数年頑張って困難を乗り越え、中国の中の17代富豪の7番目に立ちました。
●それから私はあちこちに学校を作り、奨学金を与えあらゆる手段でウイグル文化を向上させようとしました。
●しかし結果は力が足りませんでした。
●それからは政治の世界に入らなくてはいけないと思い、入りました。
●入れた理由は、現地では私が金持ちで有名だったからです。
●それに中央アジアでも有名だった影響もありました。
●私は金だけで教育し与えると救えると思ったが、ダメだったので政治に入りました。
●この事情は北京辺りまでは知られてないと思い、江沢民の前でも「平等の訴え」を演説しました。
●その頃にソ連が崩壊し、親戚の西トルキスタンが独立をしたので、中国は東トルキスタンをも心配になり、逆に体制をキツクしていきました。
●弾圧のエスカレートに人々が我慢の限界が来て、グルジャで1万人のデモが起きました。
●デモの人達は武器を持った人は一人もいませんでしたが中国政府は軍で制圧しました。
●中国政府自らの発表によると銃殺されたのは407人。
 そして、そのデモの参加者だけじゃなく、その友人や家族も処罰の対象にされました。
 報道では行方不明者は8000人。
●私もデモの起こった町に行きましたが、現地の様子を撮影したら逮捕されました。
●私も含め、全員捕まり裸にされ調べられメモなどの取材道具は一切回収されました。
●トラックには若い人達を乗せ次々と公開処刑していきました。
●そして死体をトラックで移動しながら皆に見せ付けていました。
●彼らは弁護士も使えないし、なぜ銃殺されるか質問も出来ずに殺されました。
●さらにひどいのは、自分の子供が2,3人捕まった時に親が叫ぶと、その親をも銃殺しました。
●当時は、この様なボランティア機関もないし国際社会も何もしてくれませんでした。
●これまでのは昔の話とします。
●2003年からはウイグル語が完全に禁止されました。
●しかし、中国の書面には、各民族は自分の文化、言語を使い発展すると書いてます。
●そして、7歳〜16歳の子供を対象に内陸へ行かせ教育させています。
●なぜ私達の子孫が故郷で教育を受けず別の環境で受けるのか?
●人口自然増加をけん制したのです。
●1987年に始めた政策だが、2005年5月に新華社の報道によると、「300万人生まれるハズの子供が生まれないで成功した」と堂々と報道しました。
一人っ子政策の関係です。
●内陸から漢民族が移動して来て、私達の子供を作る事も禁止され、このままだと私達の血が無くなってしまいます。
●もっと細かい話をすると時間も無いし、皆さんも泣いてしまうかもしれないのでやめます。
●2006年、各ウイグルの家族の娘を内陸へ労働させる事を義務づけました。
●50数年弾圧を受けてきたが、娘を行かせるほどひどい弾圧はありません。
●見かけ上、内陸で就職させ収入をよくさせると国際社会を騙す為です。
●なぜ数万人の中国人がウイグル自治区に来ているのに、ウイグル族は内陸へ行くのか?
●政策の条件の中身は、行く女性は16〜25歳で綺麗な女性。しかしのちに綺麗な女性である条件はなくなり、綺麗じゃなくても行けるようになった。
●2006年の政府発表の数字で1年間にカシュガルから内陸へ行った女性は27万人。
●そのあと政府の報道で2007年は120万人を目標と発表。
●堂々と発表されてるのです。
●彼らの発表で900万人のウイグル族から、たった一つのカシュガルトから27万人となると、私らは消滅してしまうのではないか。
●それから向日3ヶ月間徹底した取り締まりをした。
 多彩の民族意識、政府に不満を感じた人には徹底して脅しで沈めた。
●女性の移動、子供を内陸へ、一人っ子政策の巻き込み、これでもひどいがもっとひどいことに、ウイグル地区で核実験が40回以上も行われている。
●実験の場所はすぐ近くに人が住んでる場所で、多くの人も死に病気になり生まれる子供にも奇形が多く見られた。
●しかし、当然ながら中国政府は無視。
●政府自らの発表では70万人の死者がでた。
●ウイグル地区は唯一、中国に死刑を与える場所です。
●ちょっとした不満や民族意識をするとテロ呼ばわりをします。
●例でいえば、2004年の1月〜8月の間で22の政治組織55人に死刑を実行しました。
●政府自らの発表ですが、実際はもっと多い。
●外国のラジオを聞くのも犯罪、自分らの文化や書物を見るのも犯罪、歴史文化を見るのも犯罪扱い。
●ある日本人博士も調査にきて現在、監獄にいます。
●政府への不満はそのまま口に出来ないが、ちょっとした民主的な文章を書いた作家も13年の実刑を受け監獄にいます。
●またウイグル族同志でそれらの被害者の話をしても罪にされる。
●捕まった人達は全員にテロリストのレッテルを貼り、どんな処罰をするか好き勝手言い、弁護もなければ質問も出来ません。
●私の話ですが、私は金も地位も持ってました。中国に反発しなければ、私はウイグル代表としてトップの席にいれたかもしれないが、反発して何もかも失いました。
●逮捕されてから6年間は監獄にいましたが、民主は世に存在しないと思いましたが、この期間に出会い希望を取り戻しました。
●6年間全ての話をすると大変なのですが、内2年間は何も無い真っ暗な部屋で過ごしました。
●私を監獄から出しアメリカに助けられた時に中国政府は言いました。
●「こちらに貴方の子供5人と財産が残ってるよ、アメリカでココの状況を話すなよ」と脅しました。
●しかし、あれだけ悲惨な人達を見過ごし黙ってる事ができませんでした。
●結局、国際社会に訴えました。
●結果、子供のうち2人はそれぞれ9年と7年の監獄行きの実刑が下された。
●他の3人の孫は、共産党の監視の元で暮らしてます。
●私はそれに屈することなく国際社会に訴えました。
●北京五輪に向け今年の5月からは、ウイグル族のパスポートの回収を実施してます。
●私達の大切な娘達を強制に連れて行き、銃殺もしても今の所はだれも助けてはくれません。
●中国はウイグルを消滅させようとしています。
●国際社会はまだ何もしてくれません。
●私達の祖国は資源が豊富で、中国から略奪されてます。
●資源を略奪してもまだなお、私達を迫害しイヤがってます。
●ウイグルに生まれた事を罪とされ、好きな教育もできないで、石油やガスを内陸に運ぶ仕事も私達の子孫はできません。
●田舎の農民の土地も、内陸から来た中国人に取られてしまいます。
●私はこの状況の話を、2人に出会ったら2人、10人に出会ったら10人に訴えます。
●これで国際社会が動くと願っています。
●国際社会が私達の行ってる事に関心を持ち始めた証拠に、今わたしはココで演説を行う事が出来てます。
●日本に来た理由はウイグルと日本との親しみを感じる歴史観が有るからです。
●私のイメージで日本はアジアで唯一、民主の強い国、唯一民主の進んでる国です。
●今回の私の話を日本の国民、行政に知ってもらいたい。
●日本の行政が中国へ圧力をかけてほしい。
●今でもたくさんの対応をいただいてる事は感謝します。
●日本がアジアの民主問題を何とかしなくてはと考えます。
●この21世紀に人権問題はアメリカ、ヨーロッパでも重視しています。
●日本が中国への圧力をかけてほしい。私達を助けてほしい。
●ありがとうございました。

    講演はこれで終わりまして、次に会場の参加者から彼女への質問
    コーナーが始まった。少し内容を記載します。

Q 人権活動をしてるウイグル族の人は他にいますか?
 
●世界ウイグル会議という機関がドイツに有ります。そのリーダーを私が勤めてます。 ウイグルの人権活動をしてるウイグル族を中国はテロだと訴え、活動同志にはブラックリストとして各国に強制送還を要請します。
各国の入国の際には必ず中国大使館通しますが、その時に中国は入国拒否を要請しますが、常識ある世界は私を入国させてくれます。


Q ウイグル自治区という呼び方は誰がつけましたか?

●中国が自分らで発展させて治めますという意味から中国側がつけました。
自治区とは名ばかりで完全な嘘です。


Q ウイグル族と同じ運命のチベットとの連携は考えてますか?

●ウイグルは私がリーダー、チベットはダライラマがリーダー。モンゴルは中国との同志化が早く進み少し特殊なのですが、3者で協力する為にモンゴルにもリーダー格の人が必要です。


Q インターネットなどでの対策は考えてますか?

●すでに実行しています。ドイツの世界ウイグル会議では日本語版も立ち上げました。是非「ウイグル世界会議」で検索して見て下さい。


  最後に彼女からのメッセージです

  これほどの方々に集まっていただき私の話を聞いて下さってとても感謝しています。
  独裁政権の下で弾圧を受けてる私達の仲間に関心を持っていただきたいのと、皆様の幸福を祈っています。
  最後に、これほどの皆さんを育てた日本の国、そしてこの様なすばらしい通訳を育てた日本の国に感謝いたします。


   これで講演会は終了しました。
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by keizo-mizoiri | 2008-05-04 19:00 | NEWZ

本当の長野リレー

日本国内で、現在すでにここまで自由が弾圧がされていた。第二次大戦中の警察、マスコミと同じだ。長い引用ですが絶対に見て下さい。まっちゃん@シリウスさん紹介ありがとう、そしてこのレポートを書いたアリ@Freetubetさん、本当にご苦労様です。

 敬三

http://www.youtube.com/watch?v=8Joj1Xs5r4g&eurl=http://tierkreis.web.infoseek.co.jp/weblog/archives/2008/04/ecaaaaaaaa.html


聖火リレー、行ってきました。
まず皆さんにお願い。
この日記を転載、リンクして頂いてかまいません。
動画3つまでしか載せれないため、
動画ありと書かれたものは僕のメインページの動画にあります。

4/26日を振り返ります。

早朝、善光寺へ向かった。
Mちん、Tさん、F君、Yちゃんと5人で。

町には何台もの大型バスが乗り入れ、中国人が降りてくる。
僕らがそれぞれ旗を作り、プラカードを作り、前日からカラオケボックスで寝ていたのに対し、
彼らは中国大使館から支給された巨大な旗と、チャーターバスで堂々登場した。

善光寺参拝が終わり、街中へ。
とりあえず聖火リレー出発地点へ向かった。
ここで日本とは思えない景色を目にした。

出発地点に、中国の旗を持った人は入場できるが、チベットの旗を持った人は入れない。
警察の言い分。
「危険だから」
じゃあ、何で中国人はいいんだ?
「......ご協力お願いします。」

は?
それやらせじゃん。
中国国旗しかない沿道って、警察が作ってるんじゃん。

その時の抗議の様子


この後TBSの取材が来た。
チベットサポーターの1人が、
「日中記者交換協定があるから映せないのか?」とアナウンサーに聞いた。
アナウンサーは「は?勝手に叫んでれば?」
と吐き捨てて消えた。

街中に行くとどこに行ってもFREETIBETと叫んでいる。
そこに中国人が押し寄せ、罵声を浴びせてくる。



交差点で中国人と僕らが入り乱れた。
突然Mちゃんが顔面を殴られた。
僕は殴った中国人のババアを捕まえて、目の前の警察に言った。
「こいつ殴ったぞ!!」
警察は何もしなかった。

ババアが俺の手を噛んだ。手から血が出た。
警察と目が合った。
警察は何もしなかった。

ババアが僕の顔面を殴ってきた。
周りのチベットーサポーターが、
「おい、警察、現行犯だろ、捕まえろよ!!!!」
と言ったのに、
警察は何もしなかった。

これが抗議活動中じゃなかったら、普通にブチ切れて乱闘になってる。
でも非暴力を貫く為、ひたすら耐えた。

Mちゃんが1日かけて一生懸命書いたプラカードを、
中国人が叩き落とした。
拾おうとするMちゃん。踏みつける中国人。
「おい、てめー何やってんだよ!」と制止に入った。
2mくらいの距離に警察がいたが、何もしなかった。


街中いたるところで抗議合戦。
救急車が来たり大騒ぎ。
僕らはひたすら抗議活動をした。
(動画あり)

雨が降ってきた。
それでも誰も抗議を辞めなかった。
中国人がかたまってる交差点を、
Tさんと旗を振りながら渡った。
沿道の中国人は蹴りを入れてくる。
とても沿道に入れず、車道を歩いていた。
警察が来て言った。
「早く沿道に入りなさい!!」
は?今入ったらボコられるじゃん。
なんで日本人の安全を守ってくれないの?
「じゃあ、あいつらに蹴りいれるの辞めさせろよ!!」と僕は叫んだ。
警察は「ご協力お願いします」と言った。


雨の中、聖火リレーのゴール地点へ向かった。
何故か中国人とチベットサポーターに分けられた。
警察は、「後で聖火の方に誘導するから。」と言った。
嘘だった。
ゴールの公園の外の何も無いスペースにチベットサポーターは閉じ込められた。
聖火なんか、どこにもなかった。
目の前には警察が何十人も取り囲んでいた。
こんな場所じゃ、声すら届かない。
数百人のチベットサポーターは、泣きながら警察に向かって叫ぶだけだった。
国境無き記者団もこちら側に来させられていた。
代表がマスコミのインタビューに答えていた。
(裏から撮影した動画あり)

聖火リレーがいつ終わったのかも分からないまま、
土砂降りの中僕らは叫び続けた。
この声を、伝えることすら出来ないのかと思ったら涙が溢れてきた。
MちゃんもF君も泣いていた。
こんなのってあんまりだ。
せめて伝えて欲しいだけなのに。
この叫びを聞いていたのは目の前に並んだ警察だけだった。




チベット人の代表が弾圧の現状を訴えた。
涙が止まらなかった。
内モンゴルの代表が弾圧の現状を訴えた。
涙がとまらなかった。

伝えたい。ただ伝えたいだけなのに、国家権力によって封殺された。
悔しい。悔しい。

日本は最低な国だ。
平和だ、人権だと騒ぐ割には、
中国の圧力に負けて平気でこういう事をする。
警察を使って。

帰りに携帯でニュースを見た。
「聖火リレーは無事終了。沿道は大歓迎ムード。」
「聖火リレーで日本人5人逮捕。中国人留学生に怪我。」

僕は愕然とした。
この国のマスコミは終わったと感じた。

あの怒号は、
僕らが受けた痛みは、
彼らの悲痛な叫びは、
どこに反映されたのだろう。


警察によって意図的に中国人のみの沿道を作り、
そこをマスコミは撮影し、
中国人の暴力を黙認して、日本人を逮捕する。
これが日本のやることか?
ここは本当に日本なのか?
中国の旗を持たないと歩けない沿道って何なんだ?

この国は最低な国です。
チベット人は泣きながらありがとうと言っていたけれど、
僕は彼らに謝りたかった。
初めて日本人であることを恥じた。

帰り道、僕らは泣いた。


これが真実です。
僕は日本政府は中国以下だと思った。
弾圧にNOを言えずに、言いなりになって彼らの叫びを封殺したこの国は、もう民主主義国家ではない。

4/26日長野。
そこには言論の自由はなかった。
歩行の自由すらなかった。
中国人を除いて。


追記:どなた様も、転載の許可必要ありません。
報告だけしていただけると、反応が見れて嬉しいのでお願いします。
動画が消えたりするるみたいですが、また報告していただけたら何度でも載せなおします。
FREE TIBET!!
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by keizo-mizoiri | 2008-05-01 14:27 | NEWZ

Tibet を勉強する

とうとうダライ・ラマ14世が暴動を止めなければ退位するとの決意。中国共産党がまるっきり方針を変えない限り、暴力では独立はできないし、問題は悪化するばかり。我々だってデモをやってもそれが中国を刺激して良い方へ行く訳がない。とりあえずとしか言いようがない、勉強しよう。

http://www.tibethouse.jp/situation/index.html
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by keizo-mizoiri | 2008-03-19 12:07 | NEWZ

チベットだ

嘘が多い中国の発表を信じている人はいないでしょうが、しかし餃子どころの話じゃあない。チベットは中国に侵略されてからずっと耐えて来たというのに、そして世界一温厚な民族のはずなのに。
中国に滞在している記者のレポートがあった。どうせ日本政府は何もしないのだろうが、歯がゆい。
17日本日がダライ・ラマがチベットを脱出した記念日らしい。大変なことが起きなければ良いのだが。もう起きているけど。

http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/513692/
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by keizo-mizoiri | 2008-03-17 09:56 | NEWZ



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